でん六の揚げピーナッツにビールの組合せは今後も続きそうです
でん六の揚げピーナッツにビールの組合せは今後も続きそうです
東京ドームとラクーアでの阿波踊りの出演を無事に踊ることができました。
それにしても二日目(日)の東京ドームの混雑ぶりはスゴイの一言に尽きました。
日本人は物産展が好きな国民だと改めて思いました。
ラクーアでの出演は今年で4回目。
吹鼓連や、藍吹雪の方々と一緒に出演できる貴重な機会を今年も年初めから
味わうことができ感謝の限りです。
しばらく出演はなさそうなので練習に集中できそうです。
ひょっとこ連、男踊りの期待の若手の飯田君が今年成人式を迎えました。
やっと飲み会参加が可能な年になりましたねー
本年もよろしくお願いします。
不景気の影響が大きな要因の一つだと思いますが、世の中全体が灰色のギスギス感
に覆われている気がします。こういう時は「仕方ない」「なるようにしかならない」ぐらいの感覚で
いた方がよい気がするのですが、悲壮感をむやみやたらに煽る世論の風潮は「なんだかなー」と
思います。
今月から勤務地が3年間通った丸の内から五反田に移動しました。
いままでは中央線沿線の勤務地が多かったので山手線沿いは初めてです。
五反田の雰囲気は中野になんとなく似ていて居心地も良いですが、通勤時の混雑だけが
NGです。飲食店はジャンルを問わず、比較的低価格で提供しているお店が多いので
懐には優しい街のような気がします。
オープンした少し時間が経ったので「そろそろ空いてきたかなぁ」と
思いEATALYに出かけました。そんな予想は甘く、ショッピングゾーンと
カフェテリアゾーンともにすごい混雑ぶりでした。
店内をじっくり回りキレイに陳列されている商品を見てみると
珍しいが値段もそこそこ高いなぁというのが実感です。もちろん珍しかったり、
それなりのこだわりの食材だということは分かっているのですが、最近の
自分は食料品の値段に以前よりかなり敏感になっているようで、なかなか
試しに買ってみようという気にはなりませんでした。
しかし、お店の雰囲気や、商品の目新しさなどは「また行きたい」という気持ちに
なりました。
店内を見終えた後はジェラテリアにてジェラートを購入。イタリアで食べたものに
似て味が濃く、美味しかったです。
たまには阿波踊りについて考えていることを整理しようと思います。
【目標】
-自分にとっての阿波踊りは稽古事なので技術を向上させること
-技術の向上だけではなく稽古を続けることで見識や視野を広げること
【技術について】
-阿波踊りにおいて「上手」や「下手」は何を基準にするのかはイマイチ明確じゃないような気がします。観る側の好みも「踊り」「音」によってそれぞれ違っており、「群」として捉える人もいれば「個」を好んで観る人も混在しているのではっきりこれがよいとは断言できない世界だと思います。
これらの要素を踏まえた上で、自分が思っている「上手な阿波踊り」の条件を文字にしてみると以下のポイントが出てきました。(あくまでも自分の目指す男踊りの形です)
・音と踊りが合っているか
・軸が体の中心に存在し、それが何時も左右にぶれないか
・重心が中心よりも低い位置に存在しているか
・前に出す足のつま先が立っているか
・どのような音にも対応できるか
・力の抜き加減が自然にできているか
・指先に意識をおけるか
・周囲に気を配りながら踊れるか
これらをベースにした上であとは「個性」をどれだけ出せるかが上手と下手の線引きになるのではないかと思います。結論から言えば上手いと言われる阿波踊りの形は無数にあり、これからもその数は増え続けるものだと思います。しかし、基本として抑えるべきポイントは必ず存在するのでしょう。
また、必ずしも上手な阿波踊り=好かれる阿波踊りではないところが難しいところなんでしょうね。
-基本形の踊りにどうやって味をつけ、それを個性に変えていくことは難しいですね。単調でもなく、かといって複雑過ぎても分かりづらい、そのような観点から見れば基本6に対してアレンジ4ぐらいの比率がよい気もするのですが、踊り場の雰囲気や周囲の環境に応じてこの比率を調整する必要はあると思います。
【まとめ】
「阿波踊りには特にこうしないといけないという明確な決まりは手足の出し方ぐらいしか本来ないのではないか?」という内容の話を聞いたことがあります。その話を聞いて思ったことは本質自体はかなりシンプルだということです。ただシンプルがゆえに難しく奥が深いのが魅力なのでしょう。
まだまだ覚えることは山のようにありますがひとつづつ時間をかけて地道にこなして継続することが上達するための最低条件なのだと思います。
先週末に三宅島にて行なわれた今年で2回目になるバイクイベントの「WERIDE」ですがSNSやブログの検索数から見ても成功したイベントとは言えなかったようですね。検索しても参加した岩城晃一のギャラの記事ばかり、、、
そもそも企画の発端自体がイギリスのマン島の伝統的なバイクレースであるマン島TTというレースを地域振興の名目で日本に根付かせたいという(あくまでも理想)都知事の一声。これを少ない時間と予算で無理矢理実現させた感の強いイベントは成功の見込があまりに低いことは都知事本人以外は皆感じていたのではないかと思います。発想自体は面白いと思いますが人々を本当に魅了し、地域の活性化につながり、半永久的に継続するイベントの実現に必要な時間とお金は桁が違うと思います。
具体的にどこが駄目だったのか?を思いつくままに挙げてみます。
-そもそも安全上の理由からレース開催はできない点で開催の主旨が不明確
-国内のバイク人口は減少しており、そのような環境であの内容+立地条件では集客が困難
-島の住民は本当にバイクのイベントを開催したかったのか?
-大手メーカーの協賛はゼロ
-この手の企画は都の職員ではなく民間にさせるべき
などなど理由はまだまだあるとは思いますが一番の原因はコンテンツと市場に対してのリサーチ不足と資金提供者が東京都という点だと思います。全てにおいて「中途半端」「責任者不在」が見え隠れするイベントが成功するわけないと普通に思うのですがせめてモーターサイクルショーのレベルぐらいは実現できないと話にならん状態ですね。
三宅島の住民の方々がそれでもバイクで島を活性化させたい、その要望に対して東京都が本腰をいれるのであればもっと大きな仕掛けを考えるべきだと思います。東京オリンピックの誘致よりも個人的には応援したいです。実現できるできないはさておき、自分が企画を考えるとすれば:
-島の公道でのレース開催をイベントの絶対条件にする
-海外からの参加者をターゲットにする
-宿泊施設の確保
-アクセス環境の見直し
-マン島TTの徹底研究
イメージおやびコンセプトはマン島TTでよいと思います。もしくはバイク版モナコGP。バイクのレースはやはりコンテンツビジネスなのでハイレベルなライダー(プロアマ問わず)が繰り広げるレースがコンテンツになり、そこからどようやって幅を広げるかを考えないとなかなか難しいのではないかと思います。
モナコGPの開催中は地元住民は1泊30万から100万で海外からの観戦客に自宅を貸し、それだけで仕事をしなくてもよい人がかなりいると聞いたことがあります。三宅島でもしこれが実現されれば本当の意味での地域振興になると思います。
昨日のNHKのクローズアップ現代で放映された「クラウドコンピューティング」の特集は興味深かったです。番組ではその利便性とリスクを分かり易く説明していましたが直感的には利便性が上回っている感じがしました。勿論このシステムを使いこなすにはそれなりの応用力や分析力が求められるとは思いますが、仕事の無駄を極力減らし従業員(自分を含め)を楽にしたいと思う経営者なら使うべきだと考えます。
番組の内容はシステム自体の紹介よりもそれを応用したsalesforce社のパッケージの紹介のような印象を受けました。確かにシステムの紹介に偏ると自分のような視聴者にはチンプンカンプンな内容になってしまうのでその方が分かりやすかったのですが、、、個人的にはこのシステムや技術がどこまでカスタム化が可能なのか興味があります。
さて今日はこれからハッスル観戦です
イタリア旅行から戻り早いものでもう5ヶ月、いまだにイタリア熱が冷めません。
人、仕草、空気、音、色、味、匂い、言葉、建物と何を取ってもカッコイイと思える国は今のところイタリア以外に知りません。この熱は当分続きそうですね。次に行く時はまずミラノを基点にして北イタリアをのんびり周り、地の美味しいものをゆっくり食べ歩きたいですね。それに飽きたらシチリアまで移動してのんびり過ごして最後はミラノに戻り買物で締めくくる。少なくても10日ぐらいないと厳しいかな。
「旅は五感の移動である」とはよく言ったものだとつくづく思います。
放置気味のコスカフェの更新です。
会社の卓上カレンダーをめくり、今年はあと何日残っているかを数えてみると83日。長いようだが短くも思える日数です。政局も不安定、経済も落ち目と未来に対しては悲壮感の方が勝っている時期は下手に動くよりもマイペースでやりたいことだけをしっかりするほうがよいのかぁと思います。
最近は仕事のペースがゆるくなったせいか、本を読む時間が増えました。あまりジャンル決めはしているつもりはないのですが、女性よりも男性作家の著書の方が多いです。野村克也、北野武、勝間和代さんあたりは文字が頭にすんなり入るので気に入って読んでいます。これらの著者について共通している点は独自の価値観を分析→理解して要点を整理してから分かりやすい言葉で文章化している点と謙虚な姿勢、、、と勝手に分析。
先日丸の内の地下街で、ASHFORD時代の社長の先輩にあたる方と偶然遭遇する。数えてみると初めて飯田橋の事務所で挨拶をしてからかれこれ10年、すれ違い少し歩いてから気がつくとお互い同じタイミングで振り返っていました。
さて帰ったら踊りの練習だ。